静岡地方裁判所 昭和48年(ワ)354号 判決 1974年9月27日
原告
植山一郎
被告
川島昌司
被告
小林繁
右被告等訴訟代理人
鈴木信雄
外二名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は「被告等は原告に対し各一億二六七一万八七〇〇円及びこれに対する昭和四九年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。被告等は別紙目録記載のプラカード等を撤去せよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。<以下―省略>
理由
一原告が静岡市水道町九一番一及び同番二宅地517.805平方米の所有地上に地下一階、地上一二階建物延べ面積3634.86平方米の鉄骨鉄筋コンクリート造共住宅を建設するため昭和四八年三月二八日頃静岡市に対しその旨の建築確認申請をしたところ、右宅地の西隣りに店舗兼居宅を所有する被告川島、本件宅地の東から三軒目に居宅を所有する被告小林が本件高層住宅は日照権を侵害し、電波障害を起し、異常風害、交通混雑を引き起し、工事期間中は震動と騒音を発し付近住民の生活環境等を破壊するなどの理由で本件高層住宅の建設に反対し、被告等他数名と共に昭和四八年六月一一日頃被告等を含む水道町内住民三五名の名義で静岡市長に対し、同年七月三日頃水道町高層共同住宅建設反対期成実行委員会代表吉沢正三郎及び水道町町内会長影山副次郎外四一七名名義で静岡市議会議長に対し本件高層住宅の建設に反対する旨を記載した「反対陳情書」を提出したこと、昭和四八年七月一〇日頃本件宅地の公道寄りに白地に赤文字で「植山一郎、高層アパート建設反対、水道町住民一同」と記載した畳一帖大の脚付立看板を立て、同年九月上旬頃被告等及びその付近一帯の居宅等の玄関脇に白地に黒文字で「植山高層建築反対会員」と記載した横一二センチ、縦六一センチのプラカードを取付け、同年一〇月二日頃被告等の居宅及びその付近一帯の塀、電柱、住宅の入口等に白地に赤文字で「植山高層建築の建設絶対反対、町民の生活を破壊するな!!反対同盟会員」と記載したビラ七・八〇枚を貼つたことは争いがない。
<証拠>並びに前記争いのない事実を総合すると、被告等は昭和四八年七月頃本件高層住宅建設に反対する水道町の住民約三五名と相談の上水道町高層共同住宅建設反対期成実行委員会を結成し、訴外吉沢正三郎(以下吉沢という)と被告川島がその代表者となつたが、同年八月頃右実行委員会の名称を植山高層建築反対同盟と改め、被告小林がその代表者となつた。昭和四八年六月二八日頃開かれた水道町町内会役員会の合意に基き、被告等及び吉沢が主となつて水道町の各世帯をまわつて本件高層住宅建築反対の署名を集め三七六世帯中三五二世帯の賛同を得た。本件立看板、プラカード、ビラの掲示、並びに前記静岡市長及び市議会議長に対する反対の陳情はいずれも右反対同盟会員或はその支持者の合意の下になされた、本件立看板は最初昭和四八年七月一〇日頃原告が本件宅地で経営している駐車場の表側金網柵の前に設置されたが、原告より被告川島に対し営業妨害になるので直ちに撤去してもらいたい申し入れがあつたので一日で撤去され、その後同年一〇月初頃再び本件宅地の東隣りの訴外海野芳松の居宅の西側壁に立掛けられていたが間もなく撤去された。本件ビラは、該ビラの撤去を命じる静岡地裁の仮処分決定(昭和四八年(ヨ)第一八九号)後の同年一二月中旬頃撤去された。本件プラカードは昭和四九年九月六日の本訴口頭弁論終結時においても被告等及びその近隣の反対同盟会員約四〇軒の戸口に取り付けられている。
昭和四八年九月二六日頃市建築指導課吏員朝比奈毅及手塚晃が本件宅地前の公道の測量に赴いた際、被告等を含む反対同盟の会員三、四〇名が本件宅地及び歩道付近に集合し、異常な雰囲気にあつた。被告川島を含む反対同盟会員数名が東京所在の住宅金融公庫南関東支所に赴き本件高層住宅の建築資金を融資しないよう申入れた。その後昭和四九年三月二五日頃同支所から原告に対し右建築資金融資申入れを承認しない旨の通知があつた。
以上認定に反する原、被告本人尋問の結果は前掲各証拠に照して採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
二そこで次に被告等の右行為が原告の名誉を毀損するものであるかどうかにつき検討する。
前記認定事実によると本件立看板は、水道町住民が原告の建設する高層住宅の建築に反対する旨を、本件プラカードはそれを掲示している世帯が右高層住宅建設反対同盟の会員であることを公衆に示すものであり、本件ビラは反対同盟の会員が本件高層住宅の建設によつて付近住民の生活環壊が破壊されることを理由として原告に対し右建設に反対する旨の意思を表明するものであることが認められる。
ところで名誉毀損とは人に対する社会的評価を低下させる行為であるが、本件立看板及びプラカードはいずれも水道町住民或は反対同盟の会員が原告の本件高層住宅の建設に反対する意思を表明したにすぎないから、それによつて原告の社会的評価が低下するとは考えられない。又本件ビラはその表示された内容及び掲示場所より見て一般に原告が付近住民の生活環境を破壊する高層住宅の建築を強行するかの如き印象を与え、一見原告の社会的評価を低下せしめる行為のようであるが、宅地の所有者がこれを効率よく利用し最大限の利益を上るため、地上に高層共同住宅を建てることは最近の風潮であり、その建築が建築基準法等諸法令に適合している以上法律上これを阻止することは困難であるが、一方右高層共同住宅の建築により既得の日照、採光が侵され、電波障害、異常風圧による乱気流発生、建築工事中の震動、騒音、交通混雑におびやかされる付近住民がその建築に反対し、「住民の生活環境を破壊する」と誇示したビラ、プラカードを掲示したり、集団で市建築課等の行政機関に反対陳情をし建築反対の意思を表明することは一般に行われるところである。従つて以上の事柄は一般に単なる建築主と付近住民との間の紛争として受取られ、それが建築主の社会的評価の判断資料にならないのが普通であるから、被告等の前記行為を指して原告の社会的評価を客観的に低下せしめたということはできない。
又仮に被告等の前記各行為が原告の社会的評価を低下せしめる行為であるとしても、その程度の行為はマスコミの手段をもたない一般市民が、土地所有権をふりかざし営利を追求して付近住民の迷惑も考慮せず、該土地界隈では異常ともいえる高層共同住宅の建築を強行する建築主に対抗するための大衆行動として社会的に許容されるべきであり、違法性を欠くものと解するのが相当である。
<証拠>を総合すると次の事実が認められる。本件宅地は面積517.803平方米東西に間口17.78米、南北に奥行約32.21米の細長い宅地であるが、原告は同士地上に地上一二階、地下一階延べ面積3634.86平方米の背高のつぽの高層住宅を東西の境界より約一米、南側道路との境界より北に約4.06米後退させて建築しようと計画し、昭和四八年三月二八日静岡市長に対し建築確認申請をした。本件宅地の所在する水道町界隈は工業及び住宅地帯で、殆んどが木造平家建及び二階建である。静岡市都市計画審議会は昭和四八年五月三〇日頃右区域を準工業地域と指定し、その建ぺい率を六〇%、容積率を二〇〇%とする旨の答申をし、静岡県都市計画審議会に送付しており、近く同審議会において同地区の容積率が二〇〇%に決定されることが予想されているのに、原告は所有権をたてにとり本件宅地上に容積率約六五〇%の本件高層住宅を建築することを計画し、前記敷地の広さ、形状及び周囲の情況より見て付近住民が当然この建築に反対することを予想されたのに右建築確認申請に際して付近住民の合意を取付ける努力を払わず、かえつて秘密裏に建築確認を得ようとして市の建築指導課に対し、付近住民に対し本件高層住宅の階層を秘密にしてもらいたい旨申入れ、被告等を含む反対同盟の会員及びその支持者が前記のような反対の意思を表明し、水道町町内会長影山副次郎等が付近住民を対象とする公聴会を開くよう要求したのに、混雑を理由にこれを拒絶し、被告等及び右影山等に対し、書面で「本件高層住宅の屋上にはテレビの共同アンテナをつけ電波障害の起らないようにし、必要な窓には眼隠しをつけ近隣のプライバシーを侵さないようにし、建物前には樹木を植えて環境を整える、西隣の被告川島宅に対しても冬至で一日四時間の日照が確保されており、近隣の日照権を侵していないから、建築妨害行為を止めるよう」申入れ、右影山に対し町内会の役員立会のもとに反対同盟の代表者と話し合いたい旨申入れたのみで、付近住民多数の反対意見に耳を傾け、誠意をもつて大勢の不安を解くような具体的行為をとらず、本件高層住宅の建築を強行しようとした。
以上認定に反する原告本人尋問の結果は前掲各証拠に照して採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
以上認定の諸事情の下においては被告等の前記本件高層住宅建築反対の行動は社会的に許容された大衆行動として違法性を欠くものと解するを相当とする。
よつて原告の被告等に対する名誉毀損を理由とする損害賠償請求は理由がない。
又前記住宅金融公庫の融資拒絶が被告川島等の陳情に起因すると認めるに足る証拠はなく、かえつて前記認定事実によると、昭和四八年一〇月二六日の静岡県都市計画審議会の用途地域及び容積率の決定により本件土地上に五階以上の高層住宅を建設することができなくなつたため、一二階建の高層住宅の建築を前提とする原告の融資申込みが不承認となつたものと認められるので、被告等の右行為により原告が損害を受けたとはいえない。
三次に原告は被告等を含む反対同盟会員等が瀬尾主事及び静岡市議会議長に対し本件高層住宅建設反対の陳情をしたため瀬尾主事は県都市計画審議会の用途地域及び容積率の指定告示により原告が本件宅地上に五階以上の高層住宅を建てられなくするため、建築確認を故意に遅滞させ、右指定告示の効力が生ずる四日前に本件建築確認申請の確認通知をし、原告が本件宅地上に五階以上の住宅を建築することを不可能にさせ一億二五七一万八七〇〇円の損害を与えた旨主張し、被告等を含む反対同盟会員等が静岡市長及び静岡市議会議長に対し原告主張のような建設反対の陳情をしたことは争いがないが、前記のとおり該陳情行為は社会的に許容された大衆行動として違法性を有しないから、仮に被告等の陳情により瀬尾主事が本件高層住宅の建築確認を故意に遅滞したとしても、その結果について被告等に責任はない。
又昭和四八年九月二六日頃被告等反対同盟会員三・四〇名が本件宅地及びその付近に集合したことが原告及び市建築指導課吏員に対する暗黙の集団示威行動になるとしても前記第二項のような事情のもとにおいては社会的に許容される範囲を出ないから違法性がない。
四原告が撤去を求めている本件立看板及びビラは前記のとおり既に撤去されているし、本件プラカードの掲示は前記のとおり原告の名誉を毀損するものでないから、その撤去を求める原告の請求は失当である。
五以上の次第で原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (元吉麗子)
目録
(一) 被申請人両名宅およびその周辺の住宅の門前に掲示された白地に黒文字で「植山高層建設反対会員」と記入した横一二センチメートル縦六一センチメートルのプラカード。
(二) 被申請人両名宅周辺の塀、家の軒先、電柱に貼付された白色プラスチツクに赤文字で「植山高層建築の建設絶対反対、町民の生活を破壊するな!!反対同盟会員」と記入したビラ。
(三) 静岡市水道町九一番地海野謹一宅玄関脇に取り付けられた畳一帖大に近い白地に赤文字で大書してある「植山一郎、高層アパート建設反対、水道町住民一同」という看板。
別表1、2<省略>